D3になっても、内定がなかった。
研究室では、少しずつ「来年」の話が増えていきました。「○○さん、来年からあそこらしいよ」と誰かが話している。SNSを開けば、同じ時期に博士課程へ進んだ人の内定報告が流れてくる。久しぶりに会った同期からは、悪気なく「来年どうするの?」と聞かれる。
そのたびに、「まだ探していて」と曖昧に笑っていました。
博士論文も書かなければならない。研究も終わらせなければならない。実験の予定は相変わらず詰まっているのに、数か月後の自分がどこで、何をしているのかだけが分からない。
来年の春はみんなに同じように来るはずなのに、自分だけ、その先が真っ白でした。
最初はただ、「まだ就職が決まっていない」という話だったはずです。
でも、D3で内定がない時間が長くなると、それだけでは済まなくなってきます。
「博士まで来たの、間違いだったのかな」
そんなところまで、自分のこれまでを疑い始めることがあります。
「来年どうするの?」が、だんだん怖くなった
D3になると、何気ない会話の中に卒業後の話が増えてきます。
就職が決まった人は引っ越し先を探し始め、アカデミアに残る人にも次の所属先がある。少し前まで同じ研究室で同じように実験していた人たちに、少しずつ「その先」ができていきます。
そんな話を聞きながら、自分にはまだ何も決まっていない。
相手は本当にただ聞いただけなのに、「来年はどうするの?」という一言が、だんだん怖くなりました。
その場では普通に答えられます。でも、自分の中では会話が終わらない。研究室に戻って実験をしていても、家に帰ってお風呂に入っていても、「このまま博士の就職が決まらなかったら、私はどうなるんだろう」という不安が頭のどこかに残っています。
学部生の頃なら、卒業後が決まっていなくても「これから探せばいい」と思えたかもしれません。
でも、博士課程まで来た私は、そう思えなくなっていました。
何年も研究してきたのだから、その先には何かがあるはずだと思っていた。博士号を取れば、少なくとも自分が積み上げてきたものを必要としてくれる場所がどこかにある。
たぶん私は、そんなふうに信じていたのだと思います。
だから「まだ内定がない」という現実は、単に予定が決まっていないこと以上に怖かった。
🌿 Marinの独り言
今なら、D3だった私は「就職先が決まらないこと」だけに焦っていたわけではなかったと分かります。みんなには次の場所があるのに、自分にだけない。その状態で、少しずつ自分の価値まで疑い始めていました。
最初は、自分が行きたい場所を探していたはずだった
博士課程の就活を始めた頃には、まだ自分が「選ぶ側」だという感覚がありました。
どんな仕事なら面白いだろう。自分の研究経験をどう活かしたいだろう。企業へ行くのか、研究を続けるのか。どんな環境なら、自分は長く働けるだろう。
求人を見ながら、まだ自分の未来を想像していました。
ところが、不採用が続き、卒業までの時間が短くなってくると、求人を見る目が少しずつ変わりました。
仕事内容より先に、「博士可」「博士歓迎」という言葉が目に入る。その仕事を本当にやりたいのかを考えるより、「私でも応募できる」と分かることにほっとするようになりました。
教授から「こういうところもあるらしいよ」「紹介できるかもしれない」と言われれば、それだけで期待しました。
今になって考えると、その会社や仕事について深く知ったから嬉しかったわけではありません。
ようやく自分にも、次へ進めるかもしれないチャンスが来た。
そのこと自体に救われていたのだと思います。
何度も落ちると、「選ぶ」ことさえ怖くなる
就活が長くなると、不思議なくらい自分の希望が見えなくなることがあります。
最初は「こんな仕事がしたい」と思っていたはずなのに、気づけば「自分を採ってくれる可能性がある仕事」を探している。
もちろん、本当にどこでもよかったわけではありません。
でも、不採用が何度も続くと、自分が仕事を選ぶこと自体が、だんだん贅沢なことのように感じられてきます。
希望を言っていい立場なのだろうか。仕事内容や将来についてあれこれ考えて、また落ちたらどうするんだろう。そんな気持ちが出てくると、「自分がどこへ行きたいか」よりも、「どこなら自分を受け入れてくれるか」の方が大事になってしまいます。
私は、まさにそうなっていました。
ただただ、チャンスが欲しかった。
一度でいいから、「あなたに来てほしい」と言ってほしかったのだと思います。
☕ ちょっと一服
就活が苦しくなると、「自分が何をしたいか」を見失った自分まで責めたくなります。でも、何度も断られているときに、自信満々で将来を選び続けられる人ばかりではありません。希望がなくなったというより、また傷つくのが怖くなっていたのかもしれません。
不採用のたびに、博士までの自分まで否定された気がした
就活の不採用は、本来、そのポジションとのマッチングの結果です。
会社が探している経験と違ったのかもしれないし、他により合う候補者がいたのかもしれない。採用枠やタイミングの問題だってあります。
そんなことは、頭では分かっています。
でも、D3だった私は、一社の不採用をそんなに冷静には受け取れませんでした。
学部を卒業して就職した友人は、すでに何年も社会で働いていました。修士で就職した同期にも会社での経験があり、少しずつ昇進したり、転職したりしている。
その間、私は研究をしていました。
それは自分で選んだ道でした。研究が好きだったし、博士課程へ進んだことを後悔していたわけでもありません。
それなのに、博士課程の就職が決まらないと、突然それまでの時間まで違って見えてきます。
「もしかして私は、何年もかけて、自分を就職しにくくしてしまっただけなのではないか」
不採用のメール一通から、そこまで考えるようになりました。
D3で内定がない。それは本来、今の就活の状況を表しているだけです。
でも、自信をなくしていると、「博士まで来た私の人生は間違っていた」という判決のように感じてしまうことがあります。
本当に怖かったのは、「社会のどこにも必要とされない」ことだった
卒業後の仕事が決まらないことには、もちろん現実的な怖さがあります。
春から収入はどうするのか。どこに住むのか。博士号を取ったあとに所属先がなければ、履歴書には何と書くのか。
でも、今振り返ると、私をあれほど苦しくさせていたのは、それだけではありませんでした。
本当に怖かったのは、「社会のどこにも、私を必要としてくれる場所がないのではないか」と思い始めたことだったのだと思います。
何年も研究してきた。博士号を取ろうとしている。自分なりに真剣にやってきた。
それなのに、どこからも「来てほしい」と言われない。
そういう状態が続くと、「まだ仕事が決まっていない」という事実と、「自分には価値がない」という感覚の境目が、少しずつ見えなくなってきます。
だから、一つのチャンスに必要以上に期待するようになります。
本当にその会社に行きたいからというより、「ここで選んでもらえたら、自分は大丈夫だと思えるかもしれない」という気持ちが混ざってくる。
私は内定が欲しかった。
でも、その奥ではたぶん、「私はちゃんと社会に必要とされる人間なんだ」と確かめたかったのだと思います。
🌿 Marinの独り言
あの頃の私は、内定を「次の仕事への入口」ではなく、「自分には価値があると証明してくれるもの」にしてしまっていました。だから一社落ちるたびに、必要以上に苦しかったのだと思います。
「選んでもらえること」がゴールになると、内定の先が見えなくなる
就活を始めた頃、内定はその先へ進むための入口だったはずです。
でも、なかなか博士の就職が決まらない時間が続くと、内定そのものがゴールになっていきます。
どんな毎日を送りたいかよりも、とにかく採用されたい。その会社で何をしたいのかよりも、まず「自分にも春から行く場所がある」と知りたい。
内定が出れば、研究室で「来年どうするの?」と聞かれても答えられる。周りと同じように次の予定を話せる。そして何より、自分自身に「大丈夫だった」と言える。
欲しかったのは、仕事だけではなく、安心だったのかもしれません。
だからこそ、もしそこで最初に期待していた会社から内定が出ていたら、私はそのまま行っていた可能性があります。
それが間違った選択だったと言いたいわけではありません。
ただ、あの頃の私は、その場所をどれくらい望んでいるかより、「ようやく私も選んでもらえた」ということに強く心を動かされていた。
今だから、それが分かります。
就活で追い詰められていると、自分が選ぶことと、誰かから選ばれることが混ざってしまいます。
本当は自分にも人生を選ぶ側の気持ちがあったはずなのに、何度も「不採用」を受け取るうちに、その感覚を忘れてしまうことがあります。
内定がないことと、博士まで来たことが間違いだったことは同じではない
私は、「博士なら絶対に就職できるから心配しなくていい」とは言いたくありません。
博士課程の就活では実際に不採用になるし、希望していたポジションに就けないこともあります。博士号を取れば、自動的に自分にぴったりの場所が用意されているわけではありません。
だから、「大丈夫、大丈夫」と簡単に励ますだけの記事にもしたくありません。
ただ、D3だった私が一つにしてしまっていたものは、今なら別のものだったと分かります。
今、内定がないことは、博士まで来た自分の人生が間違っていたことの証明ではありません。
この二つの間には、本当はかなり大きな距離があります。
でも、周囲の進路が決まり、卒業が近づき、不採用が続くと、その距離が見えなくなります。一社から選ばれなかったことが、これまでの研究生活まで否定されたように感じる。来年の所属先がまだ決まっていないことが、何年も積み重ねてきた時間には価値がなかったという証拠のように見えてくる。
私も、その中にいました。
だから、「博士まで来たの、間違いだったのかな」と思っている人に、ただ「そんなことないよ」と言って終わりたくありません。
今は、そう思ってしまうくらい怖いのだと思います。
「どこなら私を受け入れてくれる?」しか考えられなくなったら
博士課程の就活が苦しくなると、何にこんなに焦っているのか、自分でも分からなくなることがあります。
卒業後の仕事がないという現実的な不安に、周りから遅れているような焦りや、博士まで進んだ自分を否定したくない気持ちが重なり、さらに「誰からも必要とされていないのでは」という怖さまで入り込む。
全部が一緒になると、自分ではただ「内定が欲しい」としか言えなくなることがあります。
私自身も、当時はそこまで言葉にできていませんでした。
あとから振り返ったから、「どこに行きたい?」より「どこなら私を受け入れてくれる?」を考えていたのだと分かっただけです。
渦中にいるときは、自分の気持ちをそんなにきれいには説明できません。
もし今、博士の就職が決まらなくて焦っているなら、無理に立派な答えを出そうとしなくてもいいと思います。
「D3なのに、まだ内定がない」
「博士まで来たことまで間違いだった気がしてきた」
そのくらいの状態から、誰かに話してもいい。
博士や研究職のキャリアそのものについてもう少し考えたい方には、研究職のキャリアに迷ったら|博士・転職・キャリアチェンジを考えるでも、研究を続けることだけに限らないキャリアについて書いています。
また、就職先が決まらないことで「研究しかしてこなかった自分には、他に何ができるんだろう」と感じ始めているなら、自分の強みがわからない研究者へ|研究経験から「転職で使える強み」を見つける方法も参考になると思います。
☕ ここで、もう一度だけ一服
D3の終盤は、博士論文も研究も就活も同時に進みます。余裕がないときに、自分の人生を一人で冷静に評価するのはかなり難しいことです。「ちゃんと整理してから相談しよう」と思わなくて大丈夫です。整理できないから苦しくなっていることもあります。
まだ誰かに相談するほどではないけれど、博士や研究者のキャリアについて少しずつ情報を集めたいという方には、Marin Career Labの公式LINEがあります。
新しい記事や、研究・キャリアについて考えるきっかけをLINEでもお届けしています。今すぐ何かを決める必要はないけれど、「この先どうしよう」が少し気になっている方は、まずここでつながってもらえたらと思います。
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そして、もし「情報を読むだけでは、もう同じところをぐるぐるしてしまう」「一度、自分のこととして誰かに話してみたい」と感じているなら、Marinではココナラで単発のキャリア相談も受けています。
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まだD3で内定がない。焦っている。でも、自分が何に一番苦しんでいるのかもよく分からない。
その状態からで大丈夫です。
内定がない今の自分だけを見て、博士まで来た自分の人生全部に×をつけなくてもいい。
一番不安な時期に出した自分への評価が、本当にこれから先も変わらない評価なのかは、まだ分かりません。
少なくとも私は、D3だった頃には見えなかったことを、今になっていくつも見ています。
ABOUT MARIN
Marin|PhD(医科学)・Career Mentor
PhD(医科学)取得後、製薬企業での創薬研究、Harvard Medical Schoolでの研究を経験。現在もライフサイエンス領域で仕事をしています。
Marin Career Labでは、博士号取得後のキャリア、研究職からの転職、30代のキャリア、若手研究者の進路や学振などについて発信しています。


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