転職サイトで、少し気になる求人を見つける。
仕事内容を読んでいる間は、「こういう仕事もあるんだ」と思える。もしかしたら、自分にもできるかもしれない。
ところが応募資格までスクロールすると、その気持ちが少しずつしぼんでいく。
研究分野が微妙に違う。企業での実務経験が求められている。名前は知っているけれど、自分が仕事として担当したことのない業務もある。
「これは違うか」と閉じて、次を見る。
今度は別の条件が足りない。
博士号もある。何年も研究してきた。少なくとも、何もしてこなかったわけではない。
それなのに求人を見始めて30分もすると、
💭 私、どこにも応募できないんじゃない?
と思っている。
求人を探していただけなのに、途中から自分のキャリアまで採点されているような気持ちになる。
博士の転職でしんどいのは、仕事が見つからないことだけではないのだと思います。
研究室の中では確かにあったはずの自分の経験が、求人票の前に立つと急に見えなくなる。
そこが、かなり怖い。

- 博士まで経験を積んだのに、求人票では「未経験」に見える
- 専門性を積んだ人ほど、「完全一致」を探してしまう
- 「実務経験3年以上」の一行で、今までの時間が消えたように感じる
- 「じゃあ自分の強みは何?」まで、この記事で無理に答えなくていい
- 求人票を、自分の欠点一覧にしてしまわない
- 「応募していいのか分からない」が長く続く
- 求人が合っても動けないなら、「転職したい」の中身が違うのかもしれない
- 研究がうまくいかない日にだけ、外の世界が明るく見えることもある
- 30代になると、「求人がない」が「もう遅い」に変わりやすい
- 博士の転職で、求人票に自分がぴったり収まらなくても
- 「博士まで取ったのに、どこにも行けないのかな」と思った夜に
博士まで経験を積んだのに、求人票では「未経験」に見える
研究室にいる間は、自分の経歴を毎日説明する必要はありません。
どんな領域で研究しているのか、何を扱ってきたのか、どのくらいの深さでその分野を知っているのか。その世界にいる人同士なら、ある程度は共通の感覚があります。
ところが転職を考え始めると、突然、別の言葉で自分を見ることになります。
たとえば求人に「○○領域における事業経験」と書いてある。その領域についてなら何年も論文を読んできたし、技術についてかなり深い議論もできる。でも「事業経験」と言われた瞬間、自分は対象ではないように思える。
別の求人には「プロジェクト推進経験」とある。研究では共同研究を動かしたことも、複数の実験を並行して進めたこともある。でも、それを企業が言う「プロジェクト推進経験」と呼んでいいのか、自信がない。
こうして求人票を読むたびに、「ある」のか「ない」のか分からない経験が増えていきます。
博士の転職で起きやすいのは、単純な経験不足だけではありません。
自分が何年もやってきたことと、転職市場で使われている言葉との間に、うまく橋がかからない。
そのため、本当は経験があるのに、自分だけが「何も持っていない人」に見えてしまうことがあります。
🌿 Marinの独り言
求人票って、ときどき妙に強いんですよね。
研究室では普通に仕事をしていたはずなのに、「実務経験」という四文字を見ただけで、博士課程の数年間までカウントされないような気がしてくる。
本当に未経験なことはもちろんあります。でも、「同じ職種名で働いたことがない」と「その仕事につながるものを何も持っていない」は、同じではありません。
専門性を積んだ人ほど、「完全一致」を探してしまう
博士まで研究をしていると、自分の専門をかなり細かく説明できるようになります。
生命科学、化学、物理といった大きな括りではなく、どの疾患の、どの現象を、どの方法で見てきたのかまで明確になっていく。
それは博士まで研究したからこそ持てる強さです。
でも転職の場面では、その精密さが自分を苦しくさせることがあります。
求人を見るたびに、「自分のテーマと完全に一致しているか」を確かめ始めるからです。
疾患が少し違う。モダリティが違う。使ってきた技術の一部は同じだけれど全部ではない。
すると、かなり近い求人まで「専門外」に見えてくる。
研究では、自分がどこまで知っているかを正確に区切ることはとても大切です。知らないことを知っているように扱えば、議論そのものがおかしくなる。
ただ、転職でも同じ精度で一致を求めると、自分が入れる場所は急にほとんどなくなります。
これは「専門なんて気にしなくていい」という話ではありません。
自分が知らないことを「できます」と言う必要もない。
でも、「博士論文と同じテーマではない」と「今までの経験がまったくつながらない」の間には、かなり広い領域があります。
博士の転職では、その中間が見えなくなりやすいのだと思います。
「実務経験3年以上」の一行で、今までの時間が消えたように感じる
転職サイトを見ていると、何度も出てくる言葉があります。
「実務経験3年以上」。
博士課程で研究してきた。ポスドクとして働いた。大学や研究機関で何年も研究に向き合ってきた。
それでも応募先の職種が違えば、「私はこの仕事の実務経験がない」と感じます。
もちろん、それ自体は間違っていません。
問題は、その一行を見たあとに、
💭 じゃあ、今までの数年間って何だったんだろう。
というところまで気持ちが進んでしまうことです。
怖いのは「未経験」より、もう一度できない自分になること
博士になるまでには、一つの場所で「分かる人」になってきた時間があります。
最初は論文を読むだけでも時間がかかったのに、何年か経つと自分の領域なら論点が分かるようになる。実験がうまくいかなければ、ある程度は原因を想像できる。後輩に聞かれる側になることもある。
そうやって少しずつ、「できる自分」を作ってきた。
転職すると、その感覚が一度崩れます。
知らない言葉が増える。仕事の進め方も違う。自分より年下の人に、初歩的なことを教えてもらうかもしれない。
頭では当然だと分かっていても、結構怖いものです。
博士から異業種への転職で「キャリアがゼロになる気がする」という人の中には、過去の経験が本当にゼロになるというより、もう一度「分からない側」に立つことへの怖さがあるのではないでしょうか。
新しい仕事について知らないことがあるのと、これまで何も積んでこなかったことは、全く別です。
でも求人票を眺めているだけだと、その二つが同じに見える夜があります。
「じゃあ自分の強みは何?」まで、この記事で無理に答えなくていい
求人を何件も見ているうちに、「結局、研究以外で私に何ができるんだろう」と考え始める人もいると思います。
ただ、これは少し別の悩みです。
研究者が自分の強みを見つけにくい理由や、研究室の中ではあまりにも普通だった経験が、場所を変えると違う意味を持つことについては、別の記事で詳しく書いています。
自分の強みがわからない研究者へ|研究経験から「転職で使える強み」を見つける方法
もし求人を見て苦しくなっている理由が、「応募条件を満たしていない」から、「そもそも私には外で評価されるものが何もない気がする」に変わってきたなら、今はそちらの記事の方が近いかもしれません。
博士の転職では、いくつかの不安が同時に出てきます。
でも、全部を「博士は転職が難しい」という一言にしてしまうと、自分が本当はどこで止まっているのか分からなくなります。
求人票を、自分の欠点一覧にしてしまわない
研究をしてきた人ほど、書いてある条件を真面目に読むのかもしれません。
論文なら、条件が違うものを同じとは扱わない。データがないのに「ある」とは言わない。分からないことを分かったことにはしない。
その慎重さのまま求人票を見ると、条件を一つずつ自分と照合したくなります。
前半は当てはまる。次も大丈夫そう。でも、その次に一つだけ経験したことのない業務が出てきた。
そこで「私は対象外だ」とページを閉じる。
もちろん、満たしていなければ難しい条件はあります。資格や法規制上必要な経験、仕事の中核になる専門性まで無視していいわけではありません。
一方で、求人票には「絶対に必要なもの」と「できれば持っていてほしいもの」が同じ画面に並んでいることもあります。
それなのに、すべてを同じ重さで読んでいると、求人票がいつの間にか「自分に足りないもの一覧」になります。
条件の数より、その仕事の中心を見る
私は求人票を見るとき、「自分が何個満たしているか」だけでなく、この会社は何を任せたくて、この人を探しているのだろう、と考える方がその仕事の輪郭が見えやすいと思っています。
たとえば、ある経験が必須になっているのは、その業務自体が仕事の中心だからなのか。それとも、仕事を進めるうえであると望ましいからなのか。
そこが分かると、自分との距離も少し見えやすくなります。
これは、自分を無理に求人へ合わせるためではありません。
本当に遠い仕事なら、遠いと分かることにも意味があります。
逆に、求人票の単語だけを見れば未経験でも、その仕事が必要としている理解や判断には意外と接点がある場合もあります。
☕ ちょっと一服
求人を続けて見ていると、いつの間にか「求人票に書いてある条件を全部持っている架空の人」と自分を比べてしまうことがあります。
専門もぴったりで、企業経験もあって、英語もできて、マネジメントまでできる人。
そんな人と比べれば、当然、自分は足りなく見えます。
でも実際の採用は、求人票をそのまま人間にしたような誰かを探しているわけではありません。画面の向こうにも、「この仕事を任せられる人を探している」人がいます。
「応募していいのか分からない」が長く続く
博士の転職で一番迷うのは、明らかに合わない求人より、「近いけれど完全ではない求人」かもしれません。
研究内容にはかなり近い。でも業界経験がない。使ってきた技術は重なるけれど、一部は知らない。仕事内容には惹かれるけれど、職種名として見れば未経験になる。
こういう求人ほど、何度も開きます。
応募しようかと思う。でも「どうせ条件を満たしていない」と閉じる。数日後にまた見る。
この状態で、「条件の何%を満たしていれば応募していい」という数字を出しても、あまり意味はないと思っています。
仕事によって違うし、企業によっても違うからです。
それより、自分が持っていない経験がその仕事の中心なのか、それとも入ってから補えるものなのか。その方がずっと大事です。
博士の転職では、採用側に判断される前に、自分で自分を不採用にしてしまうことがあります。
何でも応募すればいいという話ではありません。
ただ、自分と求人との距離を、実際よりずっと遠く見積もっていることはあります。
求人が合っても動けないなら、「転職したい」の中身が違うのかもしれない
ここで一つ、分けておきたいことがあります。
条件の合いそうな求人を見つけても、なぜか応募する気になれない。転職サイトを閉じても、しばらくするとまた見てしまう。企業へ移った同期が気になる。
でも、「本当に今の研究職を辞めたいの?」と聞かれると答えられない。
もし今の状態がこちらなら、問題は「応募できる求人がない」ことではない可能性があります。
この感覚については、別の記事でかなり深く書いています。
研究職から転職したい。でも「本当に辞めたいの?」と聞かれると分からない
そこでは求人の探し方ではなく、今の仕事が嫌いなわけでもないのに、なぜ何度も外の世界が気になるのかを扱っています。
同じ「研究職から転職」で検索していても、「求人との接点が分からない」と「自分が本当に転職したいのか分からない」では、止まっている場所が違います。
研究がうまくいかない日にだけ、外の世界が明るく見えることもある
最近、データが出ない。
次のミーティングで見せられるものがない。周囲は進んでいるのに、自分だけ同じ場所にいる気がする。
そんな時期に求人を見ると、研究室の外が急に魅力的に見えることがあります。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
ただ、「研究がうまくいかない」が、いつの間にか「私は研究者に向いていない」になり、そこから「だから外へ行かなければ」まで一気に進んでいるなら、別の痛みが混ざっているかもしれません。
研究がうまくいかない。「私、研究者に向いてないのかも」と自信を失ったときに
研究がうまくいかないことと、博士から転職するかどうかは、本来別の話です。
でも、自信をなくしているときには、求人票の「経験必須」という文字まで普段より強く刺さる。
「ああ、研究でもダメなのに、外でも何もできないんだ」
そこまで行ってしまうことがあります。
もし今の自分がそこにいるなら、求人をもっと探すことより、「私は今、何に傷ついているんだろう」の方が先かもしれません。
30代になると、「求人がない」が「もう遅い」に変わりやすい
博士課程を終え、ポスドクや研究職を経験してから転職を考えると、30代になっている人も珍しくありません。
条件が合わない求人が何件か続くと、最初は「専門が特殊だからかな」と思っていたはずなのに、だんだん年齢まで気になってくる。
修士で企業へ行った同年代は、もうそこで何年も経験を積んでいる。自分が未経験の仕事を初めて眺めている横で、その人たちは中堅になっている。
そう考え始めると、「実務経験3年以上」という一行が、取り戻せない時間のように見えることがあります。
ただ、もし今いちばん苦しいのが求人とのズレより、「30代になって、この先の仕事だけではなく人生そのものが気になってきた」という感覚なら、それは別の記事で考えた方がいいと思っています。
30代、このまま今の仕事を続けていい?理系・研究職のキャリアに迷ったときに考えたいこと
30代の記事では、転職できるかどうかだけではなく、仕事だけを物差しにしてこの先を決めにくくなる感覚を扱っています。
ここで30代の人生全体まで抱え込むと、このページも結局「博士の転職完全ガイド」になってしまう。
このページで考えたいのは、もっと手前にある、
「博士まで来たのに、なぜ求人を見ると自分だけ応募できない人に見えるのか」
というところです。
博士の転職で、求人票に自分がぴったり収まらなくても
求人票を読むと、どうしても「足りないもの」から目に入ります。
経験が違う。技術が少し違う。企業で働いたことがない。
それを確認するのは必要です。
でも、それだけを見続けていると、転職が自分の欠点探しになってしまいます。
本当は、自分が次の仕事とどこでつながるのかを見るために求人を読んでいるはずです。
専門がそのまま重なる仕事もあるでしょう。
少し違っていても、扱ってきた技術や領域への理解が近い仕事もあるかもしれません。
研究そのものではなく、その分野を深く理解している人が必要な仕事もあります。
もちろん、本当に接点がほとんどない求人もあります。それなら、それも一つの答えです。
大切なのは、求人票に書かれた単語を見て「ある、ない」と判定するだけで、自分の可能性まで決めてしまわないことだと思います。
もし途中から「そもそも私には何の強みがあるんだろう」に変わったなら、研究者の強みについての記事へ。
求人は見ているのに、本当に研究職を離れたいのか分からなくなったなら、研究職から転職したい気持ちについての記事へ。
研究がうまくいかないことで、自分そのものまでダメに見えているなら、研究がうまくいかないときの記事へ。
30代になって、仕事以外のことまで一緒に考えなければならなくなったなら、30代の研究職キャリアについての記事へ。
同じ「博士 転職」という検索からここへ来ても、本当に引っかかっている場所は一人ずつ違います。
それを全部まとめて「博士におすすめの転職先」にしてしまうと、たぶん一番大事なところが消えてしまう。
「博士まで取ったのに、どこにも行けないのかな」と思った夜に
博士まで来たのだから、転職するときには専門性が武器になると思っていた。
ところが実際に求人を見てみると、自分の専門は狭すぎるように見え、少し違う仕事には「実務経験」が求められる。
どちらへ行っても、何かが足りない。
そんな画面を何十分も見ていれば、「博士まで来たことが、逆に自分の選択肢を狭めたのでは」と思う夜があっても不思議ではありません。
でも、求人票に自分がぴったり収まらないことと、自分に行ける場所がないことは同じではないです。
博士までの経験を、無理やり「何にでも使える能力」に言い換える必要もありません。
反対に、今までの専門をそのまま使える一つの仕事だけに、自分を閉じ込める必要もない。
転職を考え始めたばかりの頃は、自分と求人との距離をうまく測れないことがあります。
本当は近いものまで遠く見えたり、逆に「せっかく博士まで来たから」と、そこまで望んでいない仕事へ無理につなげようとしたりする。
だから、最初からきれいな答えが出なくてもいいと思っています。
🌿 Marinの独り言
「応募できる求人がない」と思っていたのに、話していくと、本当に求人がないのではなく、自分がどこまでを「自分の経験」と呼んでいいのか分からなくなっていることがあります。
博士まで研究してきた人ほど、そこを適当に言いたくないんですよね。
その慎重さは大切です。
でも、自分の可能性まで必要以上に小さく見積もらなくてもいいと思っています。
転職サイトを閉じたあとに、
「私、博士まで取ったのに、どこにも行けないのかな」
と思ってしまったなら、その一晩だけでこれまでのキャリアの価値まで決めなくていい。
求人票の中にまだ自分の居場所が見えていないことと、居場所がないことは違います。
その二つの間には、思っているより大きな距離があります。
🌿 Marin Career Lab 公式LINE
まだ誰かに相談するほどではないけれど、博士を取ったあとのキャリアや、研究職からの転職について少し考えてみたい。
そんな方に向けて、新しい記事や、研究・キャリアについて考えるきっかけをLINEでもお届けしています。
求人を見ても、自分がどこまで応募していいのか分からない。研究経験をどう見せるか以前に、自分に何が選べるのか分からなくなってきた。
そんなところから一度話してみたい方は、単発で相談できます。
転職だけではなく、この先の働き方やキャリアそのものを少し長い時間をかけて考えたい方には、MENTAで継続相談も受けています。

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