研究職から異業種へ転職してみたい。
そう思って求人を開いたのに、そこに「業界経験3年以上」と書いてあるだけで、急に自分が場違いな人のように見えてくることがあります。
こちらは何年も働いてきた。博士課程まで含めれば、一つのことにかなり長い時間を使ってきた人もいるでしょう。自分なりに難しいことも乗り越えてきたし、昨日今日仕事を始めたわけではない。
それなのに、行きたい世界から自分を見た瞬間、私は「未経験」になる。
同年代の人たちは、すでにその世界で何年も経験を積んでいる。自分より年下でも、その仕事についてはずっと詳しい人がいる。
そこへ、30代になった自分が入っていく。
そう考えたときに感じる怖さは、「転職できるかどうか」だけではないのだと思います。
今まで専門家として生きてきた自分が、もう一度、何も知らない人になる。
研究職から異業種への転職を考えたとき、本当に怖いのは、そこなのかもしれません。
何年もやってきたのに、突然「未経験」になる
研究を長く続けていると、自分でも気づかないうちに「分かる側」にいる時間が長くなります。
もちろん研究には分からないことがいくらでもあります。それでも、自分の専門についてなら、初めて研究室に入った頃とは違う。論文を読めば何が重要なのかある程度分かるし、誰かと話していても、その分野の前提を共有できる。
少なくとも、「私はこの世界の人間です」と思える場所がある。
それが、異業種へ行った瞬間になくなるかもしれない。
会議で周りが当たり前のように使っている言葉が分からないかもしれないし、自分より若い人に一から教えてもらうこともあるでしょう。研究の世界では自分が説明する側だったのに、次の場所では「すみません、それってどういう意味ですか」と聞く側になるかもしれない。
それ自体は、頭では何も悪くないと分かっています。
新しいことを始めるなら、知らないのは当然です。
でも、自分が実際にその立場になることを想像すると、話は少し変わる。
博士まで取ったのに。
何年も研究してきたのに。
それなのに、こんなことも知らないと思われたらどうしよう。
そんな気持ちが、どこかに出てくる。
たぶん私たちは、仕事を続けるうちに知識や経験だけを積み上げているわけではありません。「私はこれができる人間だ」という感覚も、一緒に積み上げています。
だから異業種へ行くことが怖いとき、失うのが怖いのは専門知識だけではない。
その専門の中でようやく作ってきた、「ちゃんとできる自分」なのかもしれません。
☕ 「転職したいか分からない」のではなく、求人で止まっている方へ
もし転職したい気持ちはある程度はっきりしているのに、博士号も研究経験もあるはずなのに「自分が応募できる仕事がない」と感じているなら、このページとは少し違う悩みかもしれません。
博士の経験と求人票の間で起きるズレについては、こちらの記事で詳しく書いています。
「転職できなかったら怖い」だけではない
異業種転職について考えるとき、普通は「採用されるかどうか」が不安だと思われます。
もちろん、それも怖い。
でも、もっと考えてみると、採用された後の方が怖い人もいるのではないでしょうか。
応募している間は、まだ今の自分でいられます。
研究者として仕事をして、慣れた環境にいて、自分の専門について話せる。
でも、本当に異業種へ転職することになったら、その場所を離れなければならない。
そして次の日から、自分のことを誰も知らない場所で働くことになる。
今まで何を研究していたのかを説明しても、それだけでは仕事ができる人だとは思ってもらえないかもしれない。これまで評価されていたことが、次の場所ではそれほど重要ではないかもしれない。
一方で、「博士」という肩書きだけはついてくる。
それが心強いどころか、少し重たく感じることだってあると思います。
博士なのだから頭がいいだろうと思われたらどうしよう。期待されたのに仕事ができなかったら恥ずかしい。知らないことを聞いたときに、「そんなことも知らないの?」と思われたくない。
そう考えると、今の場所にいる方がずっと安全です。
少なくとも、ここでは自分が何者なのか分かっているから。
だから、「異業種に興味はあるのに、なぜか本気で動けない」という人がいたとしても、それは単に行動力がないからではないと思います。
転職するということは、会社を変えるだけではなく、今まで自分を支えていた「私はこういう人です」という感覚まで、一度ぐらつかせることがあるからです。
本当は、研究経験を「活かしたい」とすら思っていないかもしれない
研究職から異業種への転職について調べると、よく「研究経験をどう活かすか」という話が出てきます。
もちろん、本当に研究経験を活かしたい人もいると思います。
でも、全員がそうなのでしょうか。
何年も研究を続けてきたからこそ、もう少し違うことをしてみたい人だっている。
今までとはまったく違う人たちと働いてみたい。知らない世界を見てみたい。研究者ではない自分が何を面白いと思うのか、まだ自分でも知らないから見てみたい。
そんな気持ちで異業種が気になっているのに、キャリアについて調べ始めると、また「あなたの研究経験を次の仕事でどう活かしますか」と聞かれる。
私は、それもしんどいことがあると思います。
せっかく違う世界を見ようとしているのに、どこまで行っても過去の専門を背負っていかなければならないような気がするからです。
もちろん、これまでの経験が消えるわけではありません。
でも、次の仕事を選ぶ理由が必ずしも「博士号を最大限活用するため」である必要もないはずです。
それでも、博士まで取った人ほど、研究を直接使わない仕事を選ぶことには説明が必要な気がしてしまう。
なぜ研究を辞めるのか。せっかく博士まで取ったのにもったいなくないのか。専門性を活かした方がいいのではないか。
誰かにそう言われる前から、自分自身が自分に聞いていることもあります。
そして、うまく説明できないと、「やっぱり異業種へ行くのは間違っているのかな」と思ってしまう。
でも、本当は理由なんてもっと単純かもしれません。
今までとは違う世界が、気になる。
まだ知らない自分を、少し見てみたい。
その程度の気持ちから人生が動き始めることがあっても、私はおかしくないと思っています。
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研究を離れたら、「博士までやった自分」をどうすればいいんだろう
異業種への転職が怖い理由をさらにたどっていくと、今の仕事だけではなく、過去の自分まで出てくることがあります。
研究を始めたばかりの頃の自分。
うまくいかない実験に悩んでいた自分。
論文を書いたり、学位を取ったり、その後も研究を続けたりしてきた自分。
その時間が長いほど、研究は単なる職業ではなくなっています。
だから研究から離れることを考えたとき、「次の仕事が合うかどうか」だけでは済まなくなる。
ここまで研究してきた私は、何だったんだろう。
そんな気持ちまで出てくることがある。
これは、転職先の情報をいくら集めても消えない不安です。
本当は今までの時間が消えるわけではないのに、違う道を選ぶことが、過去の自分に「あなたが頑張っていた方向は違いました」と言うように感じてしまう。
だから、研究職から異業種へ行くことを考えただけなのに、妙に苦しい。
もし「博士までやったのに、ここで研究を離れたら負けたような気がする」という感覚があるなら、その気持ちについてはこちらの記事でも書いています。
研究職を辞めたら負け?「ここまで頑張ったのに」と思ってしまう人へ
「研究者ではない私」を、自分がまだ知らない
私自身も、博士課程で研究し、その後は製薬で創薬研究を経験し、Harvardでも研究してきました。
環境が変わるたびに、それまで当たり前だったことが当たり前ではなくなる感覚がありました。
だから、違う世界へ行くことを「新しい挑戦だから楽しもう」とだけ言う気にはなれません。
知らない場所へ行くのは、普通に怖いです。
今までできていたことが、そのまま評価される保証もない。周りの方が詳しいこともあるし、自分が一番分からない人になる場面もある。
それでも環境が変わると、今まで自分が「研究者だからできる」と思っていたことの中に、場所が変わっても自分に残っているものがあることに気づくことがあります。
反対に、「これは自分の強みだ」と思っていたものが、実は環境に支えられていただけだったと分かることもある。
でも、それは実際に自分を違う場所から見てみないと、なかなか分かりません。
一つの世界に長くいると、「研究者である自分」と「自分自身」の境目が見えにくくなるからです。
だから異業種が気になったとき、「研究者ではない私に何ができるんだろう」と怖くなるのは自然なことだと思います。
まだ、その自分を見たことがないのだから。
研究という肩書きを外したら、自分には何が残るのか。その不安そのものについては、こちらの記事でさらに書いています。
自分の強みがわからない研究者へ|研究経験から「転職で使える強み」を見つける方法
研究が嫌いになったわけではないから、もっと難しい
ここまで読んで、「でも私は研究が嫌いなわけじゃない」と思った人もいるかもしれません。
そこが、また難しいところです。
毎日が苦痛で、二度と研究したくないと思っているなら、離れる方向へ気持ちを向けやすい。
でも研究そのものは好き。
新しいことが分かる瞬間も好きだし、自分の専門について話すのも嫌いではない。これまで研究してきたことにも誇りがある。
それなのに、別の世界が気になる。
すると、「研究が好きなのに離れるなんて、自分でもよく分からない」という状態になります。
でも、研究が好きなことと、これから先も研究職という働き方を選び続けたいことは、必ずしも同じではありません。
好きなものを好きなまま、仕事との距離を変える人もいる。
研究を続けるとしても、以前とは違う形で関わる人もいる。
それは研究への気持ちが偽物だったという話ではなく、自分の人生の中で仕事以外にも大切なものが増えてきたということかもしれません。
「研究は好きなのに、研究者を続けたいのか分からない」という迷いについては、こちらの記事に書いています。
「研究が好き」なら、研究職を続けるべき?好きと仕事を分けて考えてもいい
もしかすると、「異業種へ行きたい」の奥にも別の気持ちがある
ここまで来ると、今度は逆のことも気になります。
本当に異業種へ転職したいのでしょうか。
これは「もう一度自己分析しましょう」という意味ではありません。
異業種が気になるとき、その仕事自体に惹かれていることもあれば、今の自分ではない自分になりたくて、違う世界が眩しく見えていることもあると思うのです。
研究室と家を往復する毎日に少し疲れたのかもしれない。
今の場所では、この先の自分がなんとなく見えてしまったのかもしれない。
同年代の人がまったく違う世界で活躍しているのを見て、「私にも別の人生があったのかな」と思ったのかもしれない。
それは全部、単純な「転職理由」にはなりません。
でも、だからといって無視していい気持ちでもない。
異業種への興味が、本当に新しい仕事への興味なのか、それとも今の人生から少し外へ出てみたい気持ちなのか。本人にもまだ区別できないことがあります。
30代になって、「今の仕事が嫌いなわけではないのに、このまま続けていいのか分からない」と感じているなら、こちらの記事の方が近いかもしれません。
30代、このまま今の仕事を続けていい?理系・研究職のキャリアに迷ったときに考えたいこと
転職の方法が分からないから、動けないわけではなかった
異業種へ行きたいなら、求人を探して応募すればいい。
やることだけを言えば、それほど複雑ではありません。
でも、それができないから悩んでいる。
そして動けない自分を見て、「私は本当は転職したくないのかな」「覚悟が足りないのかな」と考えてしまう。
でも、ここまで読んで少し違うものが見えてきた人もいるかもしれません。
怖かったのは、転職の方法が分からないことではなかった。
何年もかけて専門家になった自分が、その場所を出た瞬間、もう一度「何も知らない人」になることだったのかもしれない。
研究を離れたら、ここまで頑張ってきた自分をどう説明すればいいのか分からなかったのかもしれない。
あるいは、「博士まで取った自分なら、次もちゃんとしたキャリアを選ばなければ」と思いすぎて、単純に気になる世界へ行ってみたいという気持ちを、自分で認められなくなっていたのかもしれない。
そうだとしたら、必要なのは「異業種転職を成功させる5つの方法」ではないと思います。
まず、自分が何を怖がっているのかを、誰かと話して初めて言葉にできることがあります。
そして、その怖さが見えても、必ず異業種へ行かなければならないわけではありません。
話した結果、「私は研究を辞めたいわけではなかった」と分かることもあるでしょう。
反対に、「研究が嫌いなのではなく、研究者ではない自分になるのが怖かっただけだった」と分かったら、初めて違う世界を見てみたくなる人もいるかもしれません。
「転職したいけれど、怖い」という一言の中には、人によってまったく違うものが入っています。
もし自分でもうまく説明できないなら、きれいに整理してから相談しなくて大丈夫です。
むしろ、「異業種が気になる。でも、なぜこんなに怖いのか自分でも分からない」というところから、一緒に話したいと思っています。
研究職から異業種へ行くべきか、まだ決めていなくても大丈夫です。転職先を決める前の、言葉にならない迷いから個別相談でお話を伺っています。
ABOUT MARIN
Marin|PhD(医科学)・Career Mentor
PhD(医科学)取得後、製薬企業での創薬研究、Harvard Medical Schoolでの研究を経験。現在もライフサイエンス領域で仕事をしています。
Marin Career Labでは、博士号取得後のキャリア、研究職からの転職、30代のキャリア、若手研究者の進路や学振などについて発信しています。


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