医学部に行った同級生。
企業就職した同期。
海外に残った友人。
研究を辞めて、別の仕事で活躍している元同僚。
研究者として長く過ごしていると、こんなふうに、自分が選ばなかった道をそのまま歩いているように見える人が、少しずつ増えていきます。
普段は別に気にしていない。羨ましくて仕方がないわけでも、その人になりたいわけでもない。
それなのに、自分のキャリアが思うようにいかなかったときや、これからの人生を考えたとき、ふと頭をよぎることがある。
「あのとき、私もそっちを選んでいたら?」
研究者は、一つの専門を身につけるまでに長い時間をかけます。大学院に進み、研究テーマを選び、博士号を取り、その先の仕事を選ぶ。その間にも、同世代の人たちはそれぞれ別の道へ進んでいきます。
だから「あっちだったら」と考え始めると、いつの間にか比べているのは職業だけではなくなる。
収入も、暮らしも、家族も、これまで積み上げてきたものも含めて、人生そのものを比べてしまう。
私の場合も、そうでした。
私の場合は、獣医になった友人だった
研究の道に進む前、私は獣医になりたいと思っていました。
でも、私は獣医にはならなかった。その後は研究の世界へ進み、博士号を取り、製薬で創薬研究を経験し、海外でも研究しました。あの頃の私には想像もできなかった場所へ行き、そこでしかできなかった経験もたくさんしてきました。
だから、獣医にならなかったことをずっと後悔しているわけではありません。
むしろ、自分なりに一生懸命やってきたと思っています。
それでも、ときどき頭に浮かぶ人がいます。
私が獣医になりたいと思っていた頃を知っていて、実際に獣医になった昔の友人です。
彼女とは、もう連絡も取っていません。今どこに住んでいるのか、どんな働き方をしているのか、獣医という仕事を楽しんでいるのか。今の彼女のことを、私はほとんど知らない。
それなのに、何かの拍子にこんな考えが頭をよぎることがあります。
「もしかしたら、あの子の方が人生の成功者なんじゃないか」
冷静に考えれば、かなりおかしな比較です。
相手の人生をほとんど知らないのに、こちらで勝手に「成功者」にして、自分と比べているのだから。
それでも、なぜか彼女は気になる。
世の中には、私より収入の高い人も、華やかなキャリアを歩んでいる人も、若くして大きなことを成し遂げた人もたくさんいます。でも、そういう人たちを見たときに感じるものとは少し違う。
なぜ彼女なのだろう。
考えていくうちに、もしかしたら私は、彼女自身を見ているわけではないのかもしれないと思うようになりました。
彼女の向こう側にいる、「獣医になっていたかもしれない自分」を見ているのではないか、と。
選ばなかった人生には、「現実」がない
「あの道を選んでいたら、私はどうなっていたんだろう」
人生の分岐点を振り返れば、そんな問いはいくらでも出てきます。
もし私が獣医になっていたら、今とはまったく違う毎日を送っていたでしょう。でも、その人生が今より幸せだったかどうかは分かりません。仕事が楽しくて仕方がなかったかもしれないし、理想と現実の違いに悩んでいたかもしれない。もしかすると向こう側の私は、「研究の道へ進んでいたら」と考えていたかもしれません。
選ばなかった人生について、私たちは何も確かめることができません。
一方、今の人生については、あまりにもたくさんのことを知っています。
努力して手に入れたものだけではなく、期待したほど楽しくなかったこと、頑張っても結果が出なかったこと、自分には向いていないのではないかと落ち込んだこと。その道を実際に歩いてきたからこそ、格好の悪いところまで全部知っている。
でも、「もしあのとき」の人生には、それがありません。
医学部に進んだ。企業に就職した。海外に残った。研究を辞めた。獣医になった。
私たちの目に入りやすいのは、その人が自分とは違う道を選んだという事実と、そこから見える今の姿です。その途中にあった迷いや失敗、あるいは本人にしか分からない後悔までは見えない。
だから選ばなかった人生は、ときどき今の人生より少しだけきれいに見えるのかもしれません。
あなたにも、なぜか気になる人はいませんか?
その人自身が羨ましいのでしょうか。
それとも、その人の向こうに「自分が選ばなかった人生」を見ているのでしょうか。
私はずっと、自分なりの「成功」を夢見てきた
獣医にならなかったあと、私は別の道を歩き始めました。
そして振り返ると、その道ではずっと、自分なりに成功したいと思ってきた気がします。
もっと成長したい。自分にできることを増やしたい。まだ知らない世界を見たいし、せっかくなら、自分がどこまで行けるのか試してみたい。
そういう気持ちに背中を押されて、私はいろいろな選択をしてきました。
だから、「人と比べるのはやめよう」とか、「成功なんて目指さなくていい」という話にはしたくありません。向上心があったから挑戦できたこともあるし、怖くても一歩踏み出せたこともある。自分を高めたいという気持ちは、今でも私の大切な一部です。
ただ、獣医になった友人のことを考えているうちに、一つ引っかかることが出てきました。
私は、何をもって「自分は成功した」と思いたかったのだろう。
博士号を取ることなのか。やりたい仕事をすることなのか。海外へ行くことなのか。もっと評価されることなのか。もっと収入を増やすことなのか。
一つの目標を達成すると、またその先に新しい目標が見えてきます。
それは成長するということでもある。
でも、もしその「もっと」の奥に、別の気持ちも少しだけ混ざっていたとしたら。
私は、獣医にならなかった自分の人生も「成功だった」と思えるところまで行きたかったのかもしれない。
獣医になった彼女に勝ちたかったわけではありません。
「あの子より上へ行こう」と思って努力してきたわけでもない。
それでも、自分が選んだこちらの道を歩き続けた先で、いつか「あのとき獣医にならなくても、私はこれでよかった」と思える場所には辿り着きたかったのかもしれません。
もし、あの子が私より幸せだったら?
ここで、自分に少し意地悪な質問をしてみました。
もし今、彼女が獣医として大きな成功を収め、仕事にも生活にも満足して、とても幸せに暮らしていると知ったら。
それは、私が負けたということなのだろうか。
反対に、彼女が獣医になったことを後悔していると知ったら、「やっぱり私はこっちを選んで正解だった」と安心するのだろうか。
どちらも、何か違う気がします。
そもそも彼女の人生は、私が昔した選択を採点するために存在しているわけではない。
それは医学部に行った同級生でも、企業へ進んだ同期でも、海外に残った友人でも同じです。
誰かが自分の選ばなかった道で活躍しているからといって、自分の人生が失敗になるわけではない。反対に、その人が苦労しているからといって、自分の選択が正しかったことになるわけでもありません。
考えてみれば当たり前なのに、人生の比較になると、その当たり前がときどき見えなくなる。
そして私はここで、もう一つ考えました。
仮に博士号を取ることが成功だったとして、それを手に入れたら比較は終わっただろうか。
たぶん、終わっていません。
仕事で評価されたら。もっと大きな仕事ができたら。もっと収入が増えたら。
「ここまで来れば成功」と思っていた場所へ辿り着いても、その先にはまた別の景色が見える。
過去の選択を正しかったと証明するために成功を求め続けるなら、いったいどこまで行けば「もう十分」と思えるのでしょう。
選ばなかった人生に、勝たなくてもいい
ここまで考えて、私は自分の向上心を少し違う角度から見るようになりました。
自分を高めたいことと、選ばなかった人生より今の人生を「成功」にすることは、同じではない。
私はこれからも、もっと成長したいと思うでしょう。やってみたい仕事もあるし、行ってみたい場所もある。もっと自由になりたいし、自分の可能性がどこまで広がるのかも見てみたい。
その欲をなくしたいとは思いません。
でも、これから何かを目指すとき、それが「あのときの選択は正しかった」と証明するためだけのものになっていないかは、ときどき自分に聞いてみたいと思っています。
なぜなら、選ばなかった人生との勝負には、たぶん終わりがないからです。
相手は現実には存在しない「もしもの自分」です。うまくいかなかった日も、退屈な日常も、選択を後悔した夜も持っていない。
そんな相手に勝とうとしたら、こちらはいつまでも成功し続けなければならない。
それは、少し疲れる。
「あの人生もよかったかもしれない」のまま、今を選ぶ
だからといって私は、「獣医にならなくて本当によかった」と結論づけたいわけでもありません。
もしかしたら、獣医になった人生も楽しかったかもしれない。
今とは違う人たちに出会い、違う場所で暮らし、違うことで悩みながら、それなりに幸せに生きていた可能性はあります。
その人生を少し見てみたかったという気持ちが残っていてもいい。
選ばなかった人生を惜しむことと、今の人生を否定することは、同じではないからです。
私たちは過去の分岐点には戻れません。
でも、これから先にも分岐点はやってきます。
そのとき私は、「昔の自分の選択を正解にするには、どちらへ行くべきか」ではなく、今の自分に聞いてみたい。
これからの私は、どんな人生を「成功だった」と思いたいのだろう。
獣医になった友人の人生より成功するためではなく、昔の選択を正しかったと証明するためでもなく、今の自分が欲しいと思うものへ向かって、次の道を選ぶ。
そうやって自分なりの成功をつくっていけたら、それでいいのかもしれません。
🌿 Marin Career Lab
キャリアの悩みは、「どの仕事を選ぶか」だけでは終わらないことがあります。
「あの道を選んでいたら」「私は何を成功だと思っているんだろう」と考え始めると、仕事だけではなく、自分がこれからどんな人生を送りたいのかという話につながっていく。
一人で考えていると同じところをぐるぐるしてしまうときは、誰かと話しながら言葉にすることで、自分が本当に大切にしたいものが見えてくることもあります。
もう少し深く、自分のキャリアやこれからの生き方を整理したい方には、個別相談も行っています。


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