研究職を辞めたいと思っている。
でも、本当に辞めることを考えると、怖くなる。
研究が以前ほど楽しくない。ほかの仕事が気になる。この働き方をこの先も続けるのかと考えると、どこか違う気もする。
それでも決められない。
研究を離れることを考えた瞬間に、「でも、ここまで頑張ってきたのに」という気持ちが出てくるからです。
博士まで取ったのに。
何年も研究してきたのに。
あれだけ苦労して論文を書いたのに。
ここで研究職を辞めたら、私は何のためにここまでやってきたんだろう。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか「研究職を辞める」という一つのキャリア選択が、「これまでの人生は正しかったのか」という問いにまで大きくなってしまうことがあります。
研究を辞めたいだけなのに、なぜこんなに苦しいんだろう。
今日は、その気持ちについて考えてみたいと思います。
「辞めたい」のに動けないのは、仕事を変えるだけでは済まないから
研究職から別の仕事へ移ることは、表面的には一つの転職です。
けれど、博士課程まで進み、長く研究を続けてきた人にとっては、それほど簡単な話ではないことがあります。
大学を卒業してそのまま就職した同級生が働き始めた頃、自分はまだ大学院にいた。修士を終えて博士課程へ進み、実験をして、学会へ行き、論文を書いた。研究がうまくいかず、「もう無理かもしれない」と思ったことがあっても、それでも続けてきた。
その時間は、履歴書に書かれる数年間よりずっと重いものです。
研究テーマについて考えていない時間の方が少なかった時期もあるかもしれない。休日なのに実験が気になったり、論文の結果ひとつで気分が変わったり、周囲には理解されにくい不安を抱えながら研究を続けたり。
研究はいつの間にか「やっている仕事」であるだけでなく、自分が何者なのかという感覚にも入り込んでいきます。
だから研究職を辞めようとすると、仕事だけを置いていくようには感じられない。
これまで積み上げてきた自分まで、そこに置いていくような気がしてしまうのです。
博士まで行った人ほど、キャリア変更が怖くなることがある
「違うと思うなら、別の仕事を探せばいい」
外から見れば、そう見えるかもしれません。
でも博士まで進んだ人にとって、「別の道へ行く」という選択には、少し特殊な重さがあります。
博士号を取るまでには長い時間がかかります。その間に専門性が深くなり、周囲からも「あの分野を研究している人」として見られるようになる。自分自身も、少しずつその専門を通して自分を見るようになります。
そうすると、ある日まったく違う仕事に興味を持ったとき、単純に「面白そうだからやってみよう」とは思いにくい。
博士まで取ったのに、こんな仕事を選んでいいのだろうか。
せっかく身につけた専門を使わないなんて、もったいないのではないか。
今から違う世界へ行ったら、これまで積み上げてきた人より遅れているのではないか。
そもそも研究以外で、自分に何ができるのだろう。
ここで怖くなって、研究職に残る。
それ自体が悪いわけではありません。本当に研究を続けたいと思って残るなら、それも一つの選択です。
苦しくなるのは、「研究を続けたいから」ではなく、「ここまで研究してきたから」という理由だけで残ろうとしているときです。
過去に費やした時間が長くなるほど、その道から離れることは難しくなります。
博士号は本来、自分が積み上げてきたものの一つのはずなのに、気づけば「博士まで行ったのだから、この先も研究に近い仕事を選ばなければ」という条件になってしまうことがある。
するとキャリアを考えているはずなのに、「これから何をしたいか」ではなく、「博士まで取った私が選んでもおかしくない仕事は何か」を探し始めます。
この二つは、似ているようでかなり違います。
「博士まで取ったのにもったいない」が苦しい理由
研究以外の道を考え始めたとき、周囲から言われることがあります。
「博士まで取ったのにもったいない」
言う側に悪気はないことがほとんどでしょう。
むしろ、これまでの努力や専門性を評価してくれているからこそ出てくる言葉なのだと思います。
それでも、この言葉が妙に残ることがあります。
たぶん、自分自身が一番そう思っているからです。
ここまで来たのに。
せっかく博士号まで取ったのに。
何年もかけて、この分野のことなら誰より詳しくなろうとしてきたのに。
それを使わない場所へ行ったら、これまでの努力は何だったのだろう。
だから、興味のある仕事を見つけても、「この仕事で博士号は活かせるだろうか」と考える。
☕ 実際に求人を見始めて、別の不安が出てきた方へ
研究を離れることを考えたあと、今度は求人を見るほど「博士まで取ったのに、自分が応募できる仕事がない」と感じることがあります。
博士の経験と企業の求人票の間で起きるズレについては、こちらの記事で詳しく書いています。
もちろん、専門性を活かせる仕事を探すこと自体は悪くありません。
でも、本当はやってみたいことがあるのに、「博士号を直接使わないから」という理由だけで候補から外しているなら、少し立ち止まって考えてもいいのかもしれません。
博士号を取ったことと、これからも同じ専門の延長線上だけを歩くことは、本来別の話だからです。
本当に怖いのは、研究を辞めることではないのかもしれない
もう少し奥まで考えてみると、「研究職を辞めるのが怖い」という気持ちの中には、別の怖さが隠れていることがあります。
もし研究を辞めたら、博士課程へ進んだあのときの選択は間違いだったことになるのではないか。
周りが就職していく中で研究を選んだ自分も、実験がうまくいかなくても踏ん張った自分も、「研究者になるためだから」と頑張ってきた。
それなのに、自分から研究を離れたら。
あの頃の自分に、「結局、研究者にはならなかったよ」と伝えるような気がする。
それが、苦しい。
だから研究職を辞めることを「負け」のように感じてしまう人がいるのだと思います。
研究者として成功するところまで行かなければ、これまでの選択を正解にできない。
そんな気持ちが、どこかにあるのかもしれません。
でも、過去の自分を大切にすることは、同じ道を歩き続けることだろうか
私はここが、とても難しいところだと思っています。
簡単に「過去のことは気にせず、やりたいことをやればいい」とは言えません。
何年も本気で研究してきたからこそ、簡単には手放せない。それは当然だと思います。
研究で過ごした時間には、自分にしか分からない重さがあります。
だからこそ、「全部無駄じゃなかったよ」と誰かに言われても、それだけでは気持ちが追いつかないことがある。
でも、少し違う問いを置くことはできます。
あの頃の自分は、本当に「一生研究者でいるため」に頑張っていたのでしょうか。
知りたいことがあったから研究した。
できなかったことができるようになりたかった。
自分で問いを立てて、答えを探すことが面白かった。
博士号を取りたかった。
海外へ行きたかった。
自分がどこまでできるのか試したかった。
理由は人によって違うと思います。
でも、そのときの自分が本気で選んだものなら、その経験は「この先も同じ仕事を続ける」という条件をつけなければ価値がなくなるものなのでしょうか。
博士まで進んだことを正解にするために、研究者であり続けなければならない。
そう考えると、過去の選択が未来の選択まで決めることになります。
でも本来、過去の自分が積み上げてくれたものは、未来の自分を縛るためではなく、未来の自分が選べるものを増やすためにあるはずです。
研究を離れたら、「研究者だった自分」はいなくなる?
研究職を離れることを考えたとき、「研究者ではなくなったら、私は何者なんだろう」と感じる人もいます。
これも、博士まで研究を続けた人には無理のない感覚だと思います。
長い間、「何を研究しているんですか」と聞かれてきた。
自己紹介をするときには所属研究室や研究テーマがあった。
自分の得意なことも、周囲から評価されることも、研究と結びついていた。
そこから離れたら、急に自分を説明する言葉がなくなるように感じる。
でも、研究者という肩書きを外した瞬間に、研究を通して身につけたものまで消えるわけではありません。
分からないことを調べること。曖昧な情報から仮説をつくること。思った通りにならない結果を見ながら、次に何を試すか考えること。自分より詳しい人の話を聞き、論文を読み、理解できるところまで考えること。
そういうものは、肩書きよりずっと深いところに残っています。
研究を続けるかどうかと、研究してきた自分を捨てるかどうかは、同じではありません。
「ここまで頑張ったから」ではなく、「これからどうしたいか」
研究職を続けるか、辞めるか。
この記事で、その答えを出すことはできません。
研究がつらい時期に、勢いだけで辞めない方がいいこともあります。環境や研究テーマを変えることで、また研究を好きになれる人もいるでしょう。
反対に、研究が嫌いになったわけではなくても、別の仕事を選ぶ人もいます。
だから考えたいのは、「研究を辞めるべきか」だけではありません。
もし「ここまで頑張ったから」という理由を一度だけ横に置けるとしたら、私はこれから何を選びたいのだろう。
研究を続けたいのか。
それとも、本当はもう違う世界も見てみたいのか。
すぐに答えが出なくてもいいと思います。
博士まで行った人ほど、キャリアを変えることを怖く感じることがあります。それだけ長い時間をかけて、一つの道を本気で歩いてきたからです。
でも、ここまで歩いてきたことと、これからも同じ方向へ歩かなければならないことは違います。
研究を続けるなら、ここまで頑張ったからではなく、これからもやりたいから。
違う道へ行くなら、研究に負けたからではなく、今の自分がそちらへ行ってみたいから。
過去の自分に「この選択は正しかった」と証明するためだけに、これからの人生を使い続けなくてもいいのだと思います。
まだ答えが出ないときは
研究職を辞めるかどうかを考えているようで、実際にはもっといろいろな気持ちが絡まっていることがあります。
研究そのものへの気持ち。博士まで進んだことへの思い。今の環境への不満。これから欲しい生活。収入や働き方。家族や住む場所。そして、「ここまで頑張った自分を無駄にしたくない」という気持ち。
一人で考えていると、それらが全部「辞めるか、続けるか」という二択に見えてしまう。
そんなときは、答えを急ぐより、自分が何を怖がっているのかを一度言葉にしてみる方が、次の道が見えやすくなることがあります。
Marin Career Labでは、研究職や博士のキャリアについて、「転職するべきか」を決めるところからではなく、「なぜ今こんなに迷っているのか」を一緒に整理することを大切にしています。
ここまで読んでも、まだ「じゃあ私はどうしたいんだろう」が残っているかもしれません。
キャリアの悩みは、最初からきれいに言葉にできるとは限りません。「転職したい」と思っていたけれど、本当に引っかかっていたのは別のことだった、ということもあります。
何を相談したらいいのか分からない。そもそも転職したいのかどうかも分からない。そんな状態から誰かと話すことで、少しずつ自分の気持ちが見えてくることがあります。
Marin Career Labでどんなふうにキャリアや人生の迷いを一緒に考えているのか、実際の相談事例も交えてこちらに書きました。
研究職のキャリアに迷ったら|博士・転職・キャリアチェンジを考える
もう少し深く、自分自身のキャリアについて話しながら整理したい方は、個別相談も利用できます。
ABOUT MARIN
Marin|PhD(医科学)・Career Mentor
PhD(医科学)取得後、製薬企業での創薬研究、Harvard Medical Schoolでの研究を経験。現在もライフサイエンス領域で仕事をしています。
Marin Career Labでは、博士号取得後のキャリア、研究職からの転職、30代のキャリア、若手研究者の進路や学振などについて発信しています。


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